ネットは残念だとか馬鹿と暇人のものだとか色々といわれている。
でも、それは努力しないで多数の人に演説を聞かせられる仕組みがあれば残念にも馬鹿と暇人のものになる、というだけのことじゃないか?
はてなブックマーク、あるいはYahooニュースのようになんらかの形で「上位にあるもの」を選出するシステム。有名人のブログや注目されているエントリー。
こういった場所にコメント機能があれば、手軽に、努力せず、何千、もしかしたら数万というオーダーの人間に演説を聞かせることができる。
こういった場所で「賢い」人たちだけが発言する? そんなわけないよね、という。それだけのことだと思う。
ただ、身もフタもなく言ってしまうと、一部にとってはこういった演説したいだけの「馬鹿」は非常にありがたい。Webサービスとしては活性化するし、現在ではやや古びている手法とはいえ「荒れている」と非難される場所を守るというのは言論の守護者的なイメージを植えつけるのにはうってつけだ。
それに、注目されたいだけならば、この手の演説馬鹿に気持ちよく演説してもらうことはかかせない。
つまり、今、ネットは残念だとかいうエントリーを書いている人の中なんかには、演説大会をみてにやにやしているのが結構いるんじゃないかと思う。
June 30, 2009
ネットは残念じゃないけどはてなブックマークは残念だ
― by 狩田英輝 @ 12:07 pm
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June 27, 2009
PC検閲ソフトの萌えキャラ化は表現の自由の本質そのものだ
中国で取り付け義務化されたPC検閲ソフトを萌えキャラ化するのがブームになっている、というニュースを見たことがある人は多いだろう。
実は、これこそが表現の自由の本質そのもの。なぜ、表現の自由が必要なのか? ということに対する答がここに凝縮されている。
それはプロパガンダであれエンターテイメントであれ報道であれいかなる形においても表現にに本質的な違いはない、ということ。
PC検閲ソフトを萌えキャラ化、というのは形としては「萌え化」というエンターテイメントだけど、そこにあるのは国民の通信の自由を侵害しようとする政府への批判そのものだし、その点を基準にして分類するならば報道や批評ということになるっしょ?
こんな風にエンターテイメントでも報道や評論になりうるし、報道や評論でも「ただの」エンターテイメントになってしまうことだってありうる。表現というものはそういうもの。
なぜ表現の自由が生存権と並ぶ基本的人権にまで高められているか。その理由はここにある。
いくら中国の検閲が厳しいといっても、今はそれでも萌え化するくらいの余裕はある。でも、それすら出来なくなったら?
日本だって対岸の火事じゃない。表現を縛るには著作権があればいいし、国家権力がつけばもっと厄介なことになる。
だからこそ表現規制には好き嫌いを別にして反対すべきだし、エンターテイメントをただの「面白おかしいもの」としてだけ扱おうとする言説には気をつけたほうがいいし、ましてや単なる金の問題として権利拡張を図ろうとする連中には疑いの目を向けるべき、ということになる。
倫理や道徳、経済などの「心地いい価値観」を含んだ「もっともらしい話」には気をつけろ、ということ。
社会を本当の意味で「健全に」維持していく上で、実はこういったものはむしろ障害になりうるんだぜ?
実は、これこそが表現の自由の本質そのもの。なぜ、表現の自由が必要なのか? ということに対する答がここに凝縮されている。
それはプロパガンダであれエンターテイメントであれ報道であれいかなる形においても表現にに本質的な違いはない、ということ。
PC検閲ソフトを萌えキャラ化、というのは形としては「萌え化」というエンターテイメントだけど、そこにあるのは国民の通信の自由を侵害しようとする政府への批判そのものだし、その点を基準にして分類するならば報道や批評ということになるっしょ?
こんな風にエンターテイメントでも報道や評論になりうるし、報道や評論でも「ただの」エンターテイメントになってしまうことだってありうる。表現というものはそういうもの。
なぜ表現の自由が生存権と並ぶ基本的人権にまで高められているか。その理由はここにある。
いくら中国の検閲が厳しいといっても、今はそれでも萌え化するくらいの余裕はある。でも、それすら出来なくなったら?
日本だって対岸の火事じゃない。表現を縛るには著作権があればいいし、国家権力がつけばもっと厄介なことになる。
だからこそ表現規制には好き嫌いを別にして反対すべきだし、エンターテイメントをただの「面白おかしいもの」としてだけ扱おうとする言説には気をつけたほうがいいし、ましてや単なる金の問題として権利拡張を図ろうとする連中には疑いの目を向けるべき、ということになる。
倫理や道徳、経済などの「心地いい価値観」を含んだ「もっともらしい話」には気をつけろ、ということ。
社会を本当の意味で「健全に」維持していく上で、実はこういったものはむしろ障害になりうるんだぜ?
― by 狩田英輝 @ 12:02 pm
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June 26, 2009
ファングッズとしての創作活動
今日はインターネット社製Vocaloid第二弾、いわゆる「めぐっぽいど」の発売日。
作品が出揃うまでまだあと2日くらいは待たないといけないのでどういう使い方が出来そうか? というのはまだいえないけど正直、あまり期待はしていない。
インターネット社製Vocaloidのコンセプトは突き詰めればユーザーは基本的に消費する側にいてほしいという考えの下に作られているから。
よく言われるように、初音ミクが流行ったのはそれが巨大な白紙だったから。設定はまったくないけど、違和感のない歌声はある。つまりどんな物語でも詰め込める。それがブームにつながった。
でも、インターネット社製のVocaloidは違う。公式ページに行ってみれば解かるように「特定の歌手の歌声を再現する」ツールとしてのもの。
ブーム前のものだったらそれでも「知名度を借りる」ということでありなんだろうけど、白紙に自由に絵を書きたいという需要があるとはっきりわかっている状態でそれを出す、という理由はどう考えたって一つしかないわな。
単純に言ってしまえば、ユーザーに好き勝手に創作して欲しくない。創作というのもファングッズの一つで、一定の「首輪」のもとでだけやって欲しいと思っている、ということ。
実際、がくぽっいどのニコニコ動画での動画数(下の方)とkaitoのニコニコ動画の動画数を比べてみれば解かるけど、期間を考慮してもがくぽはkaitoのだいたい3分の1程度だからね。
もちろん、めぐっぽいどがどうなるかは声の再現度にもよるけど。
何度も書いていることだけど、ネットが発展していくとマスコミやレコードレーベルのような従来情報をコントロールしていてた側はその地位から滑り落ちることになる。それを防ぎ、ネットワーク上の情報流通をコンロールしようとする動きはあちこちであるんで、気をつけたほうがいいかなと。
作品が出揃うまでまだあと2日くらいは待たないといけないのでどういう使い方が出来そうか? というのはまだいえないけど正直、あまり期待はしていない。
インターネット社製Vocaloidのコンセプトは突き詰めればユーザーは基本的に消費する側にいてほしいという考えの下に作られているから。
よく言われるように、初音ミクが流行ったのはそれが巨大な白紙だったから。設定はまったくないけど、違和感のない歌声はある。つまりどんな物語でも詰め込める。それがブームにつながった。
でも、インターネット社製のVocaloidは違う。公式ページに行ってみれば解かるように「特定の歌手の歌声を再現する」ツールとしてのもの。
ブーム前のものだったらそれでも「知名度を借りる」ということでありなんだろうけど、白紙に自由に絵を書きたいという需要があるとはっきりわかっている状態でそれを出す、という理由はどう考えたって一つしかないわな。
単純に言ってしまえば、ユーザーに好き勝手に創作して欲しくない。創作というのもファングッズの一つで、一定の「首輪」のもとでだけやって欲しいと思っている、ということ。
実際、がくぽっいどのニコニコ動画での動画数(下の方)とkaitoのニコニコ動画の動画数を比べてみれば解かるけど、期間を考慮してもがくぽはkaitoのだいたい3分の1程度だからね。
もちろん、めぐっぽいどがどうなるかは声の再現度にもよるけど。
何度も書いていることだけど、ネットが発展していくとマスコミやレコードレーベルのような従来情報をコントロールしていてた側はその地位から滑り落ちることになる。それを防ぎ、ネットワーク上の情報流通をコンロールしようとする動きはあちこちであるんで、気をつけたほうがいいかなと。
― by 狩田英輝 @ 01:28 pm
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