【text】イラストがあっているライトノベル◇
RATTA-NETはまだちょっとバックエンド周りが不安定なものの、どうにペースはつかめてきました。
ただ、さすがに1日が週後半に入るとニュースネタが多過ぎる。定例更新追いかけるだけで結構キツイ。普通のネタと違って、ライトノベルは中心が狭いくせに広がりが異様に広くて曖昧なんで、もーうフィルタリングが面倒で(TT)
あ、RATTA-NETは自費・共同出版系の新刊告知等は一切扱いませんのでそこんとこヨロシク。基本コンセプトは「汚い手でライトノベルに触るな」ということで一つ。
あとはまあ、なるべくデマやFUD、業界ゴロの情報操作といったものの類の流布には関わりたくはないかな。限界はあるにせよ、少なくとも「業界の人」がろくにソースも示さず「聞いた話なんだけど」とやるような内容は公式サイトだろうが自称ライターの人のブログだろうが関係なく無視しますので、こっちもヨロシク(苦笑)
さて、本家の方も少しずつ常態に戻していかないと、と言うことで、本題。
取り合えず周回遅れもいい所だけど、このネタは反応しておかないと例え神と正義が許しても狩田のプライドが許さないので。
というわけで、この辺のお話↓
内容とイラストが抜群にマッチしているラノベ
このライトノベルのイラストがすごい!
イラストが内容に合っているラノベ
◇ 編集者で見る、イラストが内容に合っているライトノベル
何度もいっているけど、この種のもので忘れちゃいけないのはファミ通文庫の「本気」の象徴、森丘めぐみ。担当したものはどれもが内容に異常にマッチしている。あの人ムダに凝り倒すし(笑)
あ、厳密に言うと全部でもないのか。桜庭作品は基本的にイラスト抑制の方向でやっているし。というか、まず「イラストを使わない」という選択肢も含めて選択できるのがすごいところなんだよね、森丘めぐみは。特に最近の桜庭作品はヘタなイラストを受け付けないところがあるし。
そういう意味では、GOSICKはむしろ例外。というか、あれはイラストレーターが凶悪すぎ(^^;
「SHINO」もそうだけど、富士見ミステリーはイラストレーターがノリノリになるパターンが多いよなあ。ロリとかエロで。
で、森丘めぐみの次にすごい所がコラージュ。普通だったら、要するにレイアウトなりデザインなりするのはどれだけ凝ってもイラスト一枚単位でしかないのだけど、森丘めぐみはそれを切り張りしてコラージュを作ってレイアウトする(!)
無茶苦茶でござりまするがな。
と言うことで森丘めぐみ担当物件リスト。
まず吉永さん家のガーゴイルは9巻。なんか、在庫切れが多い(^^;
吉永さん家のガーゴイル9
(Amazon)(Bk1)

あと一応RATTA-SHOPへのリンク
んでもって、コッペとBB団↓
コッペとBB団 その2
(Bk1)(Amazon)

コッペとBB団、その1

(Bk1)(Amazon)
んでもって森丘めぐみ担当に「出世」したレアケース、バード・ビート・ハート。
バード・ビート・ハート

(Bk1)(Amazon)
そして同時発売された二作。作者は深見「ふっきんわれてる」真と川上「秋口ぎぐる禁止!」亮。
瞬撃のヴァルキリィ(→狩田の感想)

(Bk1)(Amazon)
嘘つきは探偵のはじまり

(Bk1)(Amazon)
最後に最新最強作、「だめあね」。「戦う司書」シリーズを見れば解るようにムダに目次に凝る百足屋ユウコを有するムシカゴグラフィクスと組んだ、スタッフ萌えの視点からすればもうほとんど悪魔合体なこの一作。
だめあね☆ へいらっしゃいませ、ご主人様!

(Bk1)(Amazon)
この分野では今までは森丘めぐみが一人ぶっちぎっていたのだけど、最近、ようやく対抗馬があらわれた。それがMF文庫Jの児玉拓也。手がけているのは「上等。」シリーズと「ゴーレム×ガールズ」。
「クリスマス上等。」で最後の見開きが好評だったのに気を良くしたのか「ゴーレム×ガールズ」の二巻、ふたごクリスタルで最後の見開きを採用したあたりからいい匂いがしていたんだけど、「ジューンブライド上等。」ではついに今までのイラスト利用したコラージュまで。対抗馬大決定ですな(^^;
ジューンブライド上等。

(Bk1)(Amazon)
狩田が言うべきはただ一つ。
いいぞ、もっとやれ。
◇イラストレーター編
よく言われているように、いとうのいぢはむらが激しいのでイマイチ。涼宮ハルヒは「退屈」はいいのだけど(
参考)、「消失」だとこだわっているのはいいけど
微妙にあさっての方向だったり。「暴走」だとSOS団が電車に乗っている口絵のシーン、あれ、みくるのコスプレってメイドじゃなくて巫女のような…?
なんで、どっちかというと同じ谷川作品の「学校を出よう」の真青蒼魚の方が好き。
学校を出よう!〈3〉The Laughing Bootleg

(Bk1)(Amazon)
シリーズ全体
二巻の表紙もいいのだけど個人的な好みで芽衣子っちが主人公確定した三巻で(^^;
茫漠とした瞳の黒ゴスロリにぼけぼけショートヘアーっ娘の百合百合なイラストというだけでも素晴らしすぎるのに、「実はありえない」背景を含めて内容とのマッチングが非常に高いっす。
あと、厳密には編集さんとの共同作業なんだけど、前述の「SHINO」。作品に対してノっているっていうのもあるのだろうけど、イラストレーターの東城さかなは仕事がすごく細かいんで、将来がかなり楽しみ。
SHINO アリスの子守唄

(Bk1)(Amazon)
SHINO 黒き魂の少女

(Bk1)(Amazon)

六月七日(水)
【オタク経済】涼宮ハルヒの祝祭◇
帰ってきたブーメランをキャッチする話、その2。
涼宮ハルヒの憂鬱は、本当にお祭り型コンテンツを狙って製作されたのだろうか? これは狩田が東京の中心でハルヒがガー君が映らないと叫んでいる原作ファンだから思うのかもしれないけど、でも、ハルヒはバズマーケティング(クチコミマーケティング)を狙った結果のヒットではないのではないかな、と。
そして、お祭り型コンテンツそれ自体も、従来の手法を駆逐するには至らないのではないかなとか。
◇ 双子のピーク
まず、従来型のマーケティングが有効な例から。
毎度おなじみ
GOOGLE TRENDS調査結果。今回は二つ、「はっぴぃセブン」と「吉永さん家のガーゴイル」。
実はこの二つ、ライトノベル原作であかほりプロデュースwithトライネットandスタジオ雲雀でU局で、と放映時間の微妙な差異を除けばほぼ条件が揃っている。プロモーションのやり方にしても、情報を小出しにしていく従来型の手法でしかない。大きな差があるとすればただ一つ、ハルヒと同時期に放映かそうでないか。
でも、まるで双子のような形から解るように一定の安定した結果を出すことができている。ガー君が微妙にピークが低い分、ハルヒの存在による影響はないとはいえないけど、まあ誤差の範囲。
それこそウェブ進化論ではないけど、ネットに乗っからない従来型の手法もまだ生きつづけているとはいえる。
それがガー君という素材の生かし方として本当にいいのかという議論は置いといて、だけどね。
◇ ハルヒの可能性
もちろんハルヒのヒットの中には、ネットに対応した新しいマーケティングの可能性もあるのは否定できない。
事実、ネットの反応はここ数年で圧倒的に鋭くなっている。以前は、例え大手ニュースサイトに取り上げられる事はあっても、そこから波及してあちこちのサイトで取り上げられるというのはまず無かった。慣れてくると、「ああ、御三家のジェットストリームね、はいはい」って感じで(笑)
いやだって、基本的に「それだけ」だったんだもん。それ以外のサイトが取り上げるというのは、ないとは言わないまでも非常に少数、ネタ一つに付き一つか二つ、という程度だったんだから。
それが今だと、はてなブックマークで注目エントリー入りしただけで結構反応があったりする。波及量だけで言えば、以前、20003年の末にスラッシュドットジャパンからリンクされた時と注目エントリー入りはそれほど変わらない。
ネットの裾野が広がってきているな、というのは実感として確かにある。
で、まあハルヒじゃなくて、かつOVAでなく二期でもなく、そしてGOOOGLE TRENDSが対象としている時期…これ書いている時点で2004年以降今年の5月アタマくらいかな? その時に放映されたアニメ、この条件を満たすなら何でもいいからGOOGLE TRENDSでタイトルを検索してみると解るのだけど、「初見」のアニメに対してはかならず第一回放送直後の鋭いピークが有る。
つまり、どんなアニメにおいても誰もが情報を、話題を欲しがる瞬間が存在する。この瞬間に、単に面白いとかつまらない以外の、話題を呼べる「ネタ」を提供できたらどうなるだろうか?
そう、一気に火がつく。
そしてついた火は、その後でも投入されたネタを燃料として燃え広がっていく。
ハルヒのヒットのメカニズムを大まかにいってしまえばそういうことだろう。
この手法は、ネットの裾野が広がり、RSSによる意味情報の分離やブログサービス、PINGサーバーといった検索エンジンから見た場合に取り出しやすい「浅い」層へのリンク、そしてソーシャルブックマークといった様々な要因によって「検索」が強化され、かつ、YOUTUBEや画像掲示板といったネタ増幅器が存在する今だからこそ有効な手法といえる。
実際、ハルヒのMADがどれだけあるか、そして、吉永さん家のガーゴイルのMADがどれだけないのか。呆れるほどの差があるんだよな、これが
でも。
◇原作付きアニメと京アニというブランド
ライトノベルは特にそうだが、「マニア向け作品の原作のアニメ化は歓迎されない」というイメージがある。これは起源を遡ればかつてファンタジーブーム盛んなりし時に行われた安易なアニメ化によるだろう。
全てではないものの、とにかく当時のアニメ化は元の作品のイメージを無視した原作クラッシャーな企画が多すぎ、良質なアニメ化は非常に少なかった。特に人気が出てアニメ化、というパターンには本当にロクなものが無かったんだな、これが。
だから少なくとも二十世紀の時点では原作付きアニメとは外れの同義語であり、いっぱしのアニメファンたるもの「俺は原作付きじゃなくてオリジナルが見たいんだよ」と語ってみせるのはある種の作法だった。
んで、この手の安易なアニメ化、メディアミックス展開をやらかすレーベルとして嫌われていたのが富士見ファンタジア文庫であり、電撃文庫だった…といっても、今時の若い人には信じられないだろうなー(^^;
もちろん、最近になってくると原作付きにも良質なものが増えてくる。少なくとも今はもう、原作付きは自動的に外れなどといったら笑われるのは間違いない。
そういった原作付きアニメの質の向上の中で中で注目されたのが、ハルヒを制作してる京都アニメだった。とにかく、原作の消化と昇華の度合いが全然違う。
細部まで読み込んだ上で、細部まで作りこみ、さらに原作のイメージを壊さないようにしつつかつより面白くする形で新しい要素を付け加える。もう、「いつの間に俺の脳内映像を盗みやがった」という感じでね。
「ハルヒが京アニ制作」というニュースが注目されたのも、つまりはそういうこと。
だからハルヒにこめられた様々なネタというのも、マーケティング的なものというよりは基本的にはそういう原作の消化と昇華なのだろうというのは話を聞いているだけでも解る。
そして、監督(だっけ?)が自主制作映画の出身者、と聞いた時点でああ、なんで0話なんてものをやったのか、理由はなんとなく想像がついた。
ある種の年代の人間にとっては
刺さるんだよなぁ、「溜息」は。
今は溜息の感想書いた時点からも時代はさらに進んじゃっていて、そこらのアルファブロガーのコメント欄に中二病丸出しの荒らしコメントを書き込めば十分にも満たない時間の消費で何千人という人にみてもらえる時代になっちまってるけどね、ネットなんてない時代には10人とかそこらの人間に見てもらうというだけでそもそも物理的に大変だったんだわ。コピー誌10部作るだけでもどれだけ苦労したか。
そういう時代だから当然、広汎にして誰もが参加できるノウハウの共有なんて夢のまた夢。ていうかSF。とにかくあるのは情熱だけ。情熱がもてないヤツは持てるやつの横にくっついて、内心でシニカルに突っ込みを入れるしかない、そんな時代が確かにあったんだよなぁ。まあ、当然狩田にも思い出したくない思い出がいくつかありましてだね…だから刺さるのよ、溜息は。
第0話をやったというのは、要するにスタッフが自身の痛い傷跡に手を突っ込んで臓物を取り出してぶちまけた、ということ。いうなればあれだ、
獄殺自爆陣?
話数シャッフルだって、多分、ハルヒのせいで時空がぐちゃぐちゃ、というオチだろうし、そうなると多分涼宮ハルヒの憂鬱は涼宮ハルヒの憂鬱に終わるんじゃないかな、とか。原作未読の人のためにネタバレを避けると、ポニーテールの日が最後の最後で出てくるというかラブコメのオチは「それ」でしょというか。
◇モザイク化していくマーケティング
結論を言うと、ハルヒのヒットというのは要するに良いものを見つけて評価する仕組みが整っている中に、それこそスタッフが自ら触れられたくない思い出にあえて向き合ってまでして作った良質のコンテンツを叩き込んだ結果であって、けしてバズマーケティング的な仕掛けありきのものじゃないと思うし、実際、狙っていくんなら不安定な口コミよりもむしろ従来型のマーケティング手法の方が安定しているんじゃないかな?
クチコミ狙いは当たればでかいけど、ネタを仕込んでインパクトを加えて表現できるスタッフの技術力が必要なわけだし、それだけのスタッフをそろえるのとスタッフの質控えめでプロモーションに金をかけるとどっちがラクかといえば、基本的にはプロモーションに金をかけた方がラクなわけで。
だから将来的には従来型の手法の隙間にネットに乗っかったというか質の高さで一点突破するやり方がじわじわと侵食していき、中間型というかネタが仕込めるときに無理せず仕込むようなやりかたも出てきて、マーケティング手法がモザイク化していくんじゃないかな。
もともと、アニメで小ネタを仕込むのは現場のちょっとしたお遊びから脚本、演出、キャスティングに至る様々なパターンで昔から行われてきたこと。
それがマーケティング的に効くとなれば、全てではないにしても使おうという動きが出てくるだろうし。
これがいい方向に向かってくれるといいんだが…なんか、無理にネタを仕込もうとして外した挙句違った形で話題を呼ぶアニメとか出てきそうだ(^^;
(2006/06/07 12:09:23 加筆修正)

六月九日(土)
【Book】こんな本を読んだ◇
「よいか。真空暴露したならいざ知らず、閉じ込められた位で死ぬやつなどこの世にはおらぬのだ! 死を前提にした行動で助かる命もない! 航法装置が無くても眼が見えれば母船を探せる。通信機がなければ発光信号を打て。明かりが無ければ燃料を使え。燃料がなくても生命維持装置の酸素を噴射すれば推力は得られる。冷静に計算せよ。帰還軌道はどこかにあるのだ!」
(第四話 暗中模索 より 福山絹)
そうそう。宇宙でのサバイバルはこうでぃねーと。だからね、一方が怪我しているんなら怪我している方は眠らせて酸素消費量を抑えるのが基本であって(以下原稿用紙20枚ほどカット)
要するにアレだ。月を舐めるな。
異星種族「トリオン」と地球人のハーフの少女、福山絹が芹沢望の家にやってきて半年後。絹を含めた芹沢家の三人は水害で倒壊した自宅が再建されるまでの間、賃貸マンションで暮らすことになった。
穂高とも仲良くなっている絹に、よく解らない痛みを覚える望。
一方護衛任務につく情報局の空山星子の元には、ロシアで起きた反トリオンテロの情報がもたらされていた。
政治情勢に翻弄されながらも、テロリストを星子。しかし、彼女もまた、スターチャイルド計画に割り切れないものを感じるようになって…。
んー、すばらしい。これぞSF。
個人的には、これ、「あそびにいくヨ!」と対を成す物語だと思っているんだけどそれがいよいよ本格的に。
風雲急を告げる事態。ファーストコンタクトとオーバーテクノロジーを巡って絡み合う思惑。そしてその中で翻弄される少年少女。SFスキーならばだれもが一度はかきたいと思う物語がここにっ、という感じで。
特に面白いのが、個人的な、小さな話と政治とか社会のような大きな話の絡み具合。純粋なボーイミーツガールものとしても、ヒロインである絹が周りと打ち解けていくにつれてかえって浮き上がる違和感の描き方が非常に巧いし、そこにSF的な設定を溶け込ませている手腕も見事なんだけど、それよりもその結果浮かび上がってくる変化への不安が極上。
これがねー、次第に緊迫していく物語の空気と相まっていい効果を上げていく。だからこそ、オチが聞いて来る訳で
もちろんSF考証的には突っ込みどころも有って、常温核融合は「常温」で核融合できるからありがたいというのが最大の難点。常温な分エネルギーの取り出しさえどうにかできるんならそれ以外はコンパクトかつ安価に済むわけで、そうなると当然、土地より金より技術力が物をいうわけで。むしろそうなっていた方が面白くなるんじゃね? と。技術力を政治力でカバーされそうになって…で、スターチャイルド作戦がって感じでさ。
でも最近ファンタジーに押され気味のSF方面によい新人が出てきたことは確か。
三巻打ち切りだけは勘弁だし、作者さん的にも続いて欲しい一作です。
一巻の感想
■ イラスト
トータルで見た場合のレベルは高いし、特に口絵は素晴らしいんだけど、んだけど、これはまあ殆ど編集さんとデザイナーさんの功績でしょうな。
絵それ単独は一巻から相変わらずのギャルゲの一枚絵なんだもん。だから、野郎が映らない構図と映る構図の味の違うこと違うこと(苦笑)
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